東京地方裁判所 昭和51年(ワ)395号 判決 1977年5月12日
原告
鈴木勲
被告
平井義一
ほか二名
主文
一 被告平井義一、同丸田隆は連帯して原告に対し金一〇二万三、九〇七円及びこれに対する昭和五〇年七月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の、被告平井義一、同丸田隆に対するその余の請求並びに被告平井スガ子に対する請求、はいずれもこれを棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告と被告平井義一、同丸井隆との間に生じた分はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告平井義一、同丸田隆の連帯負担とし、原告と平井スガ子との間に生じた分は原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告)
一 被告三名は連帯して、原告に対して金一四六万三、四二〇円及びこれに対する昭和五〇年七月四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告三名の連帯負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
(被告ら)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決
第二主張
(原告)
「請求原因」
一 事故の発生
昭和五〇年七月三日午後七時頃東京都港区西新橋一丁目七番一三号先路地(幅員三・五五メートル)において、被告丸田隆は普通乗用自動車(品川五一ら一九六八、以下「被告車」という)を運転し、西から東に向つて進行中、偶々右付近ビルの出入口から路上に出た原告に被告車前部右側を接触させ、後記傷害を負わせた。
二 被告丸田隆の責任
本件事故現場は道路幅員が狭く、北側に共和ビル、南側に大同ビルが互いに向い合い、狭隘なビルの谷間で、左右の見通しが悪く、当時退社時で勤人らの往来が予想される状態であつたところ、被告丸田隆は前方にビルの出入口があることを知りながら左右の注視を怠つて漫然と進行し、そのため進行方向右側大同ビルの北側出入口から路上に出て来た原告に気ずかず、被告車を接触させたものである。
よつて被告丸井隆は、不法行為者として原告の本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
三 被告平井義一の責任
被告平井義一は、昭和二二年来の衆議院議員の経歴を有し、多方面で活躍している者で、これら要職を遂行するため被告丸田隆を自宅に寝泊りさせ、秘書兼お抱え運転手として雇用している。
被告車の登録上の使用者は被告平井義一の妻みよ子となつているが、同女は形式上の名義人で、同被告が被告車の実質上の保有者で、自己のため進行の用に供している。よつて同被告は自賠法三条により本件事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
四 被告平井スガ子の責任
被告平井スガ子は、被告平井義一の長女で同被告と同居し、東京都港区西新橋一丁目八番八号中銀虎の門ビル一階で、喫茶「リマ」を経営している。そして同被告は、被告丸田隆に被告車で自宅から朝夕送迎させており、事故当時も迎えに行く途中であつた。さらに被告丸田隆は当時週に二、三日はボーイ兼バーテンダーとして右喫茶店を手伝つていた。
よつて被告平井スガ子は、被告丸田隆の使用者として同被告が業務の執行につき原告に加えた本件事故による損害を賠償すべき責任がある。
五 負傷の程度等
本件事故により原告は左膝内側々副靱帯断裂の傷害を負い、昭和五〇年七月一二日から同年一〇月一三日までの九四日間川崎臨港病院に入院して治療を受け、そのほか昭和五〇年七月一一日及び同年一〇月一四日から同年一二月六日までの五五日間(実治療日数二〇日)通院治療を受けた。
事故当時原告は合資会社カトウ整髪所に理容師として勤務していたが、事故による負傷のため、昭和五〇年七月四日から同年一二月六日までの間休業を余儀なくされ、給与を得ることができなかつた。
六 損害
(一) 治療費 八三万二、五二〇円
(二) 入院雑費 四万七、〇〇〇円
一日当り五〇〇円の入院雑費を要したとみて、九四日分
(三) 休業損害 五八万三、九〇〇円
原告は、本件事故当時合資会社カトウ整髪所から三食賄付で一ケ月八万六、七八〇円の給与を受けていた。従つてその実質的給与は右現物給与を一ケ月三万円と見做すと一ケ月一一万六七八〇円であつた。
よつて五ケ月間休業したことにより右休業損を蒙つた。
(四) 慰藉料 八〇万円
原告は、昭和一四年九月一八日生れの頑健な男であつたところ、本件事故により不自由な入院生活を余儀なくされ、且つ現在でも正座することができず、一日中佇立することが苦痛なため勤務先を失職するなど、多大の苦痛を蒙つた。
(五) 弁護士費用 二〇万円
被告らは損害賠償につき誠意がなく、そのため原告はやむなく弁護士に本件訴訟の提起を委任せざるを得なかつた。
(六) 損害の填補 一〇〇万円
原告は、自賠責保険から右金額を受領したので、これを差引くと残りの損害は一四六万三、四二〇円となる。
七 結論
よつて原告は被告らに対して右損害残一四六万三、四二〇円及びこれに対する事故の翌日たる昭和五〇年七月四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。
(被告)
「請求原因に対する答弁」
請求原因一項は認める。
同二項中、事故現場の状況は認めるが、被告丸田隆に過失があつたことは否認する。
同三項中、被告平井義一の経歴、並びに被告丸田隆の運転手であること、被告車の使用名義人が訴外みよ子であることは認める。しかし被告丸田隆は被告車の運転手でなく、被告平井義一は別個の車両を使用しており、よつて同被告が被告車の運行供用者であることは争う。
同四項はすべて否認し、被告平井スガ子が責任を負うことは争う。
同五項中、原告の負傷の程度並びに原告の稼働状況は否認し、その余の事実不知。すなわち原告は事故直後東京慈恵会医科大学付属病院で治療を受けたが、加療一〇日間の負傷ということで事実歩行にさしつかえる様子はなく、その後の交渉でも痛みを感じている様子はなかつた。しかるに事故後一〇日以上も経つてから突然入院するに至つたもので、その傷害内容には著るしい疑問がある。
同六項はすべて不知。
「過失相殺の抗弁」
事故当時、事故現場付近は工事中であつたので、被告丸田隆は低速度で進行していたところ、原告は右側ビル出口から突然上方を見ながら左右の注視をすることなく道路上に出て来て被告車に衝突したものである。すなわちビルの出口は一段高くなつているところ、そこから原告は飛び降りるように出てきて被告車に衝突したものである。
よつて被告丸田隆としては、急制動その他の措置をとつて、衝突を避けることはできなかつた。
かかる原告の著るしい過失は、損害賠償の算定あたり斟酌さるべきである。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。
そこでまず被告丸田隆の責任について検討するに、成立につき争いのない乙第二号証、同第三号証の一ないし三、同第四、第五号証、原・被告本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、祝田通りと日比谷通りを結んでほぼ東西に走る幅員三・五五メートルのアスフアルト道路上で、道路をはさんで北側に共和ビル、南側に大同ビルが建つていること、同所付近は交通は閑散で速度制限毎時四〇キロ以下、平坦で五〇メートル先まで見通せ、道路の南側端が二重の段差で約二〇センチ高くなつて大同ビルの壁と接つしており、また大同ビル出入口の向い側の道路北側端は当時長さ約六メートル、幅〇・五メートルにわたつて足場が組んであり、その分道路が狭くなつていたこと、被告車(車幅一・四六メートル)は西側祝田通り方面から本件事故現場に差しかかり、進路右側の大同ビル出入口から出て来た原告と衝突したのであるが、この時原告は上を見ながら約二〇センチの二重の段差を越えて道路に降りて来たもので、まつたく被告車が進行して来るのに気づかなかつたこと、被告車は、前部右側を原告左膝に衝突させた直後停止し、原告は被告車の右前部にもたれるような状態となつたのであるが、被告車に衝突の痕跡は見当らなかつたこと、の各事実が認められる。
そして右事実を前提として前掲証拠を総合すると本件事故の経緯は次のとおりであることが認められる。すなわち原告は大同ビル内での勤務を終え出て来たところ、天気が悪かつたので、出口の所で一瞬停止して空を見上げ、手を出して雨が降つているかどうか確かめ、そのまま路上に降りたところを被告車と衝突したものであること、他方被告丸田隆は前記のとおり事故現場付近は道路が狭くなつているので減速し被告車を時速約二〇キロで運転し、本件事故現場に差しかかつたところ、前方約六・五メートルの大同ビル出入口の所で空を見上げている原告を認めたのであるが、停止しているようなので、そのまま進行を続けようとしたところ、原告が路上に降りて来たので急制動の措置をとつたが及ばず衝突に至つたことが認められる。
なお被告丸田隆は、その本人尋問の結果中、前記書証の供述調書中で原告が大同ビル内から突然路上に飛び出したため間に合わず衝突に至つたものである旨供述しているが、前記のとおり原告は上を見がら段差を降りていることに鑑み措信できないところである。
そして右各認定事実によれば、被告丸田隆は、ビルの間の狭い道路を走行していて、ビルの出入口に道路の方を向いていながら空を見上げて被告車の進行して来るのにまつたく気付いた様子のない原告を認めたのであるから、警笛を吹鳴して自車の進行を原告に知らせるか、あるいは減速徐行して原告が路面に降りても衝突しないように注意すべき義務があるのにこれを怠り漫然進行した過失がある。この過失によつて本件衝突に到つたものであるから、同被告は不法行為者として、衝突によつて生じた原告の損害を賠償すべき義務がある。
なお本件事故は、原告の、車両の通行が予想される道路に降りるに際して左右をまつたく確認しなかつた過失も原因となつていることは明らかであり、この原告の過失は損害額の算定にあたり斟酌すべきことになる。もつとも前記のとおり本件事故現場はビルの谷間の狭い道路なのであるから、かかる道路に車を乗り入れた以上、被告丸田隆において歩行者に対して万全の注意を払うべき義務があると評価され、よつてこの原告の過失は大きく斟酌できないところである。
二 次に被告平井義一、同平井スガ子の責任について検討するに前記乙第四号証成立につき争いのない甲第七ないし第九号証、同第一二号証、及び被告丸田隆本人尋問の結果によれば、被告平井義一は、衆議院議員で、肉類等の販売を目的とすることぶき商事株式会社を経営し、被告平井スガ子は同被告の長女で同被告方に同居しており、また被告平井義一の妻みよ子は、喫茶店「リマ」の経営主であるが、店には主に被告平井スガ子が出ていること、被告丸田隆は、「平井義一秘書」との肩書記載のある名刺を所持し、被告平井義一方に同居して食事をさせてもらい、主に被告平井義一のために運転手を勤めているが、そのほか同被告の家族のために車を運転したり、ことぶき商事株式会社の仕事をしており、さらに被告平井スガ子をほとんど毎朝前記喫茶店に送り届け、暇な時には同喫茶店の手伝いをしていたこと、被告平井義一方にはことぶき商事株式会社の業務に使用するトラツクのほか、乗用車が二台あり、一台は被告平井義一名義で、同被告は主にこれを利用しており、もう一台の被告車は平井みよ子名義で主に家族が利用していたが、偶には被告平井義一もこれを利用していたこと、事故当日は被告丸田隆は定休日であつたが、被告平井スガ子を迎えがてらお茶でも飲もうとして喫茶店に赴く途中であつたこと、がそれぞれ認められる。
そうすると右のごとき被告丸田隆の被告平井義一方での地位、被告車の利用状況に鑑み、被告平井義一が被告車の運行供用者たる地位にあつたことは明らかであり、よつて同被告も原告の損害を賠償すべき責任がある。
三 なお原告は、被告平井スガ子も被告丸田隆の使用者としての責任があると主張する。なるほど右認定のとおり被告丸田隆は喫茶店「リマ」の仕事を手伝つたり、被告平井スガ子を自動車で送り迎えしている。
しかし被告平井スガ子の喫茶店「リマ」での地位は本訴で提出されて証拠によつては必ずしも判然とせず、同被告が被告丸田隆の使用者であるとまでは認め難い。そして右認定の平井方での被告丸田隆の地位を考慮すると、同被告が被告平井スガ子を自動車で送り迎えしていたのは、被告平井義一の使用人としてその家族の用を足していたと認めるのが真実に近いと推認される。
そうだとすると、本訴で提出された全証拠によつては、被告平井スガ子に、被告丸田隆の使用者としての責任は認めることはできないところである。
四 前記乙第五号証、成立につき争いのない乙第六、第七号証、原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第二、第三号証、同第六号証同第一〇号証、原告本人尋問の結果、調査嘱託の回答、を総合すると、衝突後原告は東京慈恵会医科大学付属病院で診察を受けたところ、左膝外傷で加療一週間とのことであつた、当時原告の傷害はかくのごとく軽症だと見込まれていたことや、被告丸田隆が原告の勤務先たる理容店の客で双方顔見知りであつたことから一旦は警察に本件事故を届け出ないとの話合が成立したのであるが、被告丸田隆において三万円で本件事故による治療費等も含めて解決したいと主張したことから、事故後六日目の七月八日に原告は診断書を添えて本件事故を警察に届出たのであるが、この診断書(七月七日付)には原告の症状は膝内障で、向後一週間の通院加療を要す旨記載してあつたこと、この間原告は右付属病院に通院していたのであるが左膝が痛むので、七月一一日に川崎市所在の川崎臨港病院で診察を受けたところ、左膝内側々副靱帯が断裂しているとのことで、同病院に翌七月一二日から同年一〇月一三日までの九四日間入院し、さらにその後同年一二月六日までの五五日間通院(内治療実日数二〇日)して、ギブス固定、ギブス除去後膝関節拘縮並びに大腿四頭筋の弱化が現われたので理学療法、機能訓練等の治療を受けたこと、その結果治癒したと見なされるに至つたのであるが、その後も長時間佇立すると足がしびれるような感じがあること、事故当時大同ビル地下にあるカトウ整髪所に勤務していて、将来独立することも考えていたのであるが、右入・通院の期間は休業し、その後勤務するようになつたが右のとおり足に違和感があり、また事故による入院等気落ちしたこともあつて同年一二月末頃そこを退職し、現在はそば屋の店員をしていること、がそれぞれ認められる。
なお被告らは、原告が入院するに至つた経過、特に事故後一週間近くも経つてから入院している事情から、原告の入・通院治療が本件事故によるものか否かについて疑念を抱いているようであるが、右認定事実からすれば、これが本件事故による傷害の治療のためであることは明らかである。
五 右事実を前提として原告の損害を算出すると次のとおりとなる。
(一) 治療費 八三万二、五二〇円
前記甲第一〇号証によれば、右金額の入・通院費用を要したことが認められる。
(二) 入院雑費 四万七、〇〇〇円
入院により一日当り五〇〇円相当の雑費を要すると認められるところ、九四日分として右金額となる。
(三) 休業損害 五八万三、九〇〇円
原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第五号証、第三者作成に係り真正に成立したものと推認される甲第一三号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は勤先のカトウ整髪所から三食賄付で一ケ月八万六、七八〇円の給与を得ていたことが認められる。この三食分の食事費が一ケ月三万円を下らないことは明らかなので、結局原告はカトウ整髪所から一ケ月一一万六、七八〇円の給与を得ていたことになる。
前記のとおり原告は入・通院の間、休業していたので、昭和五〇年七月四日から同年一二月六日までの五ケ月分の給与たる右金額の休業損害を蒙つたことになる。
(四) 慰藉料 八〇万円
本件事故の態様(但し過失の点は除く)、原告の入・通院の期間等一切の事情を考慮すると、原告請求どおりの右金額の慰藉料をもつて相当とする。
(五) 過失相殺
右(一)ないし(四)の損害額の合計は二二六万三、四二〇円となるところ、前記本件事故発生についての原告の過失を斟酌して減額することになるが、前記の次第で大きく斟酌できず、結局その一割五分を減じた一九二万三、九〇七円の限度で原告は賠償請求できると判断する。
(六) 損害の填補
自賠責保険から一〇〇万円の填補を受けたことは原告の自認するところなので、これを差引くと残りは九二万三、九〇七円となる。
(七) 弁護士費用 一〇万円
本件事案の内容、審理の経過、認容額に鑑み、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は右額をもつて相当と認める。
六 以上の次第で原告の本訴請求は、原告丸田隆、同平井義一に対して右合計一〇二万三、九〇七円及びこれに対する事故後の昭和五〇年七月四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので、この限度で請求を認容し、右被告両名に対するその余の請求、被告平井スガ子に対する全部の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部崇明)